【視聴数 25302】
【チャンネル名 にっぽんぽん【ゆっくり日本史解説】】
【タグ 日本史,歴史,ゆっくり解説,江戸】
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よく言われるメッケルが両軍の陣容をみて「西軍が勝った」と言ったエピソードも大分怪しい
歴史あるあるの勘違いや思い込みもある意味で醍醐味😌
ホント その通り よく調べた
小山評定は、あったんじゃないですか?
戦国史の第一人者小和田哲男氏の著作にも出てくるし、最近も大河ドラマの監修で氏はその存在を明言しています。
小和田氏はじめ学者達は、必ずしも一次資料だけで歴史を考察していないのだと思います。
徳川幕府としては正々堂々の会戦で敵を打ち破ったことにしたいだろうからな
西軍にとっては小早川の裏切りは想定内でしたが、それに脇坂、朽木…らの便乗寝返りが致命傷となった…と現地の資料館の映像展示で紹介されてました
脇坂らは小早川の寝返りに備えた軍勢だったが、彼らも裏切りに加わったことで多勢に無勢となった西軍の将(大谷吉継)は自害せざるを得なかった
評定…
ヒョウテイ…❌
ヒョウジョウ…⭕️
一次資料関ヶ原では、家康到着、小早川は西軍を追い出し松尾山を占拠、深夜西軍は松尾山を目指す。松尾山北の山中という地に集結し小早川を説得、福島ら東軍が現れ小早川も参戦、脇坂らも裏切り西軍大混乱、2時間で崩壊。これが真相。
今の布陣図は昭和に出来たものだし、大体三成がそんなに強いわけない。当時の手紙による西軍現地大将は長束だった。
あらためて、前田利家が凄い人物だと思えた。ブレーキ役としてまた、あの徳川家康でさえも、頭が上がらなかったんだね。
関ヶ原の戦いが延長戦になって最後はPKになったのも嘘だったのか
小山評定は、『ひょうてい』じゃなくて『ひょうじょう』だよ!歴史用語は、正しく使おう!
関ヶ原関連だと第二次上田合戦は無かったのも入れたい
徹頭徹尾家康をコケにした内容のためめったなことでキレない家康をキレさせ、関ヶ原の戦いの遠因の一つとされたことで有名な直江兼続の「直江状」。これも後世の創作らしい。現物が存在せず写しだけしかないのがその証拠。
出来れば・・・歴史の捜索やら盛るのはやめてほしいな・・・
全く面白くないし、求めてない人もいるんだよな・・・
誰も、確実にはわかない時代なんだから、それを信じてしまうしね・・・
そもそもの、古戦場に骨が見つかっていない
島津君さぁ、二番備えに下げられるような小勢なのに、敗戦で退路が渋滞してるからって敵本陣前を正面突破して帰国してる時点で東軍の勝利にケチ付けてるんだよなぁ。しかも大将の義弘は脱出成功して無事に薩摩へ戻ってるんで、家康の面子はボロボロよ!
戦後の言い訳にしても「いやぁ勝負が決したんで、ただ帰ろうとしただけっすよ。本陣前をかすったのは偶然ですって。だって本気だったら大将(意味深)が帰って来れるはずないじゃないっすか。」と煽り散らかしてるみたいで草。
関ヶ原の戦いに創作が多いのは、三国志で赤壁の戦い前後に演義の創作部分が多いのと似たようなものかも知れませんね。
上杉と徳川が戦い始めてから決起して、急いで江戸へ急行すべきだった。
(まぁ、領地配分的と人的に無理だろうけどwww)
ちなみに、西軍における三成の立ち位置も分かってないですね。
西軍は連合軍的な性質が強いため、発起人が三成であり実質的な指揮官であったというのもほぼ創作と言っていいでしょう。
上杉が新潟のままです。