【視聴数 162338】
【チャンネル名 ReHacQ−リハック−【公式】】
【タグ ReHacQ,ReHack,ひろゆき,成田悠輔,後藤達也,日経テレ東大学,リハック,高橋弘樹,経済,ビジネス,起業,スタートアップ,投資,転職】
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難なくこなせる人が多数派である行動にも、それをこなすためにとてつもなく努力が必要な人がいることを理解しておくことは最低限必要なことだと思いました。
そして、できることなら障がいの範疇には入らないそうした特性に対しても合理
的配慮があった方がよい気がしました。
日本人は比較的お行儀がよく、規律正しい国民でそれが長所だと思ってきましたが、その国民性が少数派の方々を生きにくい社会にしているのかもしれないと感じるようになりました。
同時に柔軟にマインドチェンジできることが大切だと思いました。
星加先生の理想に近い状態の話が
自分の理想と近くで嬉しかった
自分はとにかく共感性を育むべきだと考えていて、どこまで自分の事と考えられるかが大事じゃないかと。
今の教育だと、話を聞かせたり、映像を見せる位で
「かわいそう」や「自分はなりたくない」とは思っても共感性は養えないと思う。
なので、マイノリティ側の不安や恐怖を体験させるカリキュラムを増やすべきではないでしょうか
簡単な例で言えば、目隠しで生活させるとか、少数派が受けてる嫌な事をVRで体験させるとか、ですかね
とにかく全員が「人が嫌な気持ちでいる事が不快」って思えれば、もっと素敵な世界になると思うんですけどね
大学生の方がメディアの発信について問われました。星加先生の説明がとても響きました。障害のある方々を私は特別視して大変だったね。と憐れみを持って共感していた。と気付きました。この番組を観念的に理解して共感しながら観ていましたが、障害の方々を「大変そうだな。」と傍観しているマジョリティ側だと感じました。障害がある=出来ない、劣っている。=助けてあげないと。という文脈は、マジョリティ側が強いたマウントだと感じました。私はあの大学生の質問があって良かった。危うい。
成田氏は、自分が幼少期に受けた社会の暴力に対し、構造や歴史から、また社会学や経済学を通してサイエンスしてきたのだろう
と思えてならない「締め」が最後は迫力があり
いかに社会とは「下駄を履かせる事でマジョリティを生成し、重しを乗せる事でマイノリティを生成している」認知を利用した烏合の衆であるかを改めて認識した回。
誰もが皆、被害者であり加害者である。言語化してくれて初めて顕在化して認知した。自分も当事者である。深く思考するきっかけにしたい。
障害に関わって出てくる問題を明確に方向性をもって言語化されていて、とても中身が濃かったと思いました。自分は当事者側にいる人間なので、おっしゃってることにとても共感し、言語化しにくいものを言語化していただいた思いがしてありがたいという思いを噛み締めました。インターンの方たちが質問の答えに瞳を明るくして頷いておられたのが印象的でした。ありがとうございます。
あと、時間にルーズ、お金遣いが荒い、などの問題って、それがその人の特性というより、二次的な障害なことが多いような気がします。一次的な障害でうまくいかず、それに理解を得られないことがストレスになってそのような問題につながっていることが多いと思います。発達障害は認知は広まっているけど、表面的にあらわれる現象と当事者の実感にはかなり乖離がある気がします。
今までは一般的な私たちは既得権益に搾取される側だと思っていましたが、障害を持つマイノリティからしてみたら、私たち健常者は既得権益側であると捉えれると感じました。ですが、社会的には恵まれていると感じていない一般的な人々が、弱者に既得権益の一部を譲れる様に意識付けするのはなかなかハードルが高いなと感じます。
例えば雇用でマイノリティの均等化や対等を目指した場合は、雇用を新たに創造するのではなく、今ある雇用の枠の一部をマイノリティが占める事こそが均等化や対等になるのだと思います。それはすなわち、マジョリティな健常者が働く枠を失う事になると思いますが、そのマインドを是と思える意識を持つのは今の私には難しいし、そのマインドは変えなくてはならないものなのかがわからない。
駅などの公共の場所にある手摺り一つとっても障がい者の方々がいくら設置を提案しても全く進まなかったのが、高齢者社会になってあっという間に増えていったと聞いた事があります。今でも障害者の方々が何かを要求すると我儘だとか言ってくる人が後を断ちませんよね。いずれは誰もが障害者になるのに…。星加先生が当事者であり傍観者であるという複雑なお立場に自分を置きながら解のない研究を続けて下さる事に感謝です。
歳とってから成功が自分の力だけじゃないと気づくって結構可哀想じゃない?
普通若い頃に挫折して気づく物だしね
https://www.youtube.com/watch?v=n8lGgpxa4Gg
下駄を履いた人 うふふ。
障害 インペアメント 過重な負担 労働能力 過重性の免疫 合理的配慮 経済合理性 ラショナル 目的合理性 リーズナブル アコモデーション 合理的配慮
適理的 理由付け 偏り 内袖は振れない 複数のアクターの満たされるプロセス 時間軸 決めれない その都度決められる
宗教的分野 → 障害分野 1)時間にルーズ 2)お金にルーズ 3)ハラスメントをルーズ 性格の奥底 区別するの? プラクテイカル 変更修正 領域を超えて 性的マイノリテイーに使える
恣意的なモノ 尺度 価値尺度 社会判断 家族内で グループで 地域社会 社会の基準 コロナでリジット厳密でなくなった 常識の枠を外す外さない 相対化できる
各社会に観察されている アクセサブル社会 まずは、意思決定のマインド セットを変えて行く 基本OS 便益 不便益 口で言う程簡単でない 成功 手柄 下駄を履く 防衛反応
反作用 マインド セット 教育学 心理学 のイージーな分野だなあ 目立つ場所に隠れている シンボル化できる人がいると変わる
可視化戦略 ジェンダー問題 非対称性 うまい仕掛け 現状を見ると滑稽だね! 社会学研究 研究者の目立つ系譜 メデイア無関係 入り口 誰も社会学に器用に遣れる
職場 バリアフリー 理論研究 寿命が短い ミッション ひらめき データ 事例 概念を考える内なるエネルギー 考える側 若くないと駄目 どう言う社会 犯罪
社会の範囲 規範 完成形 端的に描く 偏り・不均衡 ウクライナ問題 必要性 具体的解決 アイデアを持っていない 不均衡を持っている 気付いたマインド
実現可能な アホみたいに聞く 描くべきでない 絶えず発見変えて行くすべて 構成的批判 絶えず相対的に批判 観点になる 最適解 決めて行く 基準に変えて来た
ウエルビーイング 望ましい 根拠 落とし所 インクルード 女子トイレは出来ないさ 最低限がトイレがある 社会心理学 内外 内が重要
女性は有利 変な男は入るな 変な男は少し歩け →当たり前だよ 自分が勝手に障害を持っている人が増えている 発達型・認知型 増えている 法律的保護のメリット
コミ二テイーがアクセス あるかないか メデイア ファッション アプローチ 同列 可視化の戦略 危うさを持っているコンテント 都知事が吃驚している
マイノリテーへ支援 理解・支援 マジョリテーのマインド セット 足場が取り崩される 加害者でもある。傍観者である。実に当たり前のことだ。理想は存在しない。
パンダが難しい会話を一般化するのがうめぇのよ🐼
「内発的動機づけを高めるために社会における居心地の悪さをどう高めるかが鍵だ」とおっしゃっていただけて、現状が認められたような救われたような気がしました。
私は子どもがマイノリティ側になって初めて居心地の悪さを感じ、マジョリティ側の常識の形を少しでも変えたいと思うようになりましたから。
物事を俯瞰し、色々な視点を頭で並べて最善の事を考えられない人。について出来る方方が論じ合う。
時間がルーズな人への受け皿はインドにあると思う笑
今まで「ダメな人」で片付けられてきた経済的に困窮してるのに節約できない人や、いくら言っても遅刻を繰り返す人も実は「障害」かもしれないって考えたことも無かった。YouTubeが無ければ聞く機会が無い教授の話が聞けるのはありがたい。
アイドルという曲に今ハマっています。歌詞の内容や曲調が一曲の中に幾つもあり、忙しいですが、刷り込まれる中毒性を感じていて。このお二人のお話しを聞く事とリンクしてしまっております。楽しかったけど、まだまだ聴きたい。
動画の37分付近の成田さんが言う『そうたいてき』は総体的ではありませんか?
字幕の相対的は間違いですか?
「マインドセット」を変えていくのがミッションなら、今後もメディアで姿が見られそうだね☺️
我慢や努力が足りないことと、精神的発達障害として扱うものの境界線が難しいと感じていたが、
そもそも境界線なんてあってはいけないんだと分かった。
しかしながら、それを認められるほど社会も寛容ではないし、
ほんの少しの努力も出来ず、仕事でミスをしても病気を盾にする者が近くにいると、
モヤモヤとした感情に苛まれながらフォローしていることが苦痛でしかない。
アメリカで障がい者と申告する人が増えたというが、日本もそのようになるに違いない。