【視聴数 182008】
【チャンネル名 立花孝志のターシーch【NHKの裏側】】
【タグ 加陽麻里布,司法書士,司法書士YouTuber,参議院,全国比例,参議院選挙,暗黒放送,横山緑,くぼた学,NHK,NHKから国民を守る党,NHK受信料,NHK裁判,受信料裁判,エヌリンクス,NLINKS,グッドスタッフ,NHK集金,NHK訪問員,集金人,立花孝志,最高裁判決,イラネッチケー,衛星契約,衛星料金,BS契約,BS料金,日本放送協会放送受信規約,放送法,放送法64条,NHKをぶっ壊す,政見放送,葛飾区議会議員,NHK嫌い,日本放送協会,受信料踏み倒す,カヨウマリノ,あさなぎコンサルティング,えびぴらふ,佐藤えりい,ホリエモン新党,ホリエモン,堀江貴文,ぶっ壊す,国会議員ユーチューバー,元国会議員】
1936年2月26日の未明、皇道派の青年将校たちは約1500名の兵を引き連れ、重要人物の殺害による昭和維新をはかりました。事態を知った陸軍内部では首都での同士討ちを恐れて消極的な意見が多くみられました。事態が大きく動くきっかけとなったのは、事態に厳しく対応せよという昭和天皇の意向が軍の上層部に伝わったころからです。2月28日、クーデタ参加部隊を反乱軍とする命令が伝えられ、兵士たちにもとの部隊に戻るようにとの天皇の命令が下されました。事件に参加した首謀者である青年将校ら19名は裁判の結果、銃殺刑とされ、青年将校らの理論的指導者となった北一輝は、事件に直接関与しませんでしたが死刑とされました。
そして、首相の岡田啓介は命は助かりましたが総辞職となりました。
これを受けて翌日には部隊は解散され、クーデタが終結しました。
首謀者の青年将校たちのほとんどは投降しました。
天皇が自ら近衛師団を率いて反乱部隊を鎮圧するという意向を表明したことで、もはや寛大な処置はできないと腹をくくった陸軍の上層部は海軍とともに鎮圧をはかりました。
一部にはクーデタに対して同情的なものもいて意見がまとまりませんでした。
そのため、事態はクーデタ派の思惑通りに進むかに見えました。
部隊は首相官邸・陸軍省・警視庁などの重要地点を占領しました。
この中で大蔵大臣の高橋是清、内大臣の斎藤実、陸軍教育総監の渡辺錠太郎らが殺害され、鈴木侍従長が重傷を負いました。
最重要ターゲットだった岡田首相は押し入れに隠れて難を逃れ、翌日脱出しました。
広田内閣が軍と対立し総辞職すると、陸軍出身の宇垣一成に総理大臣指名がきまりました。
ところが、陸軍は復活させた軍部大臣現役武官制を盾に取り、宇垣が首相になれば陸軍は大臣を出さないと言い出しました。
結局、陸軍大臣不在では内閣は作れないので宇垣は組閣することさえできませんでした。
軍による政治干渉はその後も続き、軍部独裁へとつながりました。🤣🤣🤣